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プロフィール

1958年岐阜県生まれ。東京藝術大学に在学していた80年代前半より作家活動を開始し、 社会メディアとアート活動を融合する表現領域の拡大に注目が集まる。また近年では、 日本各地で地域の特性を生かしたアートプロジェクトを展開している。

母校にて2022年から 学長を務め、現代に於けるアートの更なる可能性を追求し、企業、自治体との連携なども積極的に行 い、「アートは生きる力」を研究、実践し続けている。
日比野 克彦

第11回は、六本木アートナイトのアーティスティックディレクターを務めるなど六本木との縁も深い現代美術家の日比野克彦さんです。



JTRIPBARの前身は1984年、元モデルで実業家のジューン・アダムスさんの溜池にあった店でした。その店の常連客だった坂本龍一さんから「お店の壁に絵を描いてくれないか」と連絡があり、絵の具と筆を持って直接壁に描きに行ったのが最初でした。86年に店が飯倉片町(現在の六本木五丁目)近くへ移転することになり、壁の絵は移転できず、新たに製作することになり、移動できる軽やかな壁画という切り口で製作したのがタペストリー型の壁画でした。当時、ニューヨークでもアーティストがディスコ空間をデザインするムーブメントが起こっていました。

開店当初の客層は、文化人や芸能人、スポーツ選手も多かったのですね、深夜営業ができなかったディスコから若者が流れ込むようになり、客層が変化していったように感じます。人気が高まり、J TRIPは苗場スキー場のエリアにも展開し、冬季は「六J(六本木店)」で夜まで騒いだあと「苗J(苗場店)」にチャーターバスで移動してそのままスキーを楽しむというツアーも企画されていました(笑)



私の一番最初の六本木との関わりは、83年かな、4丁目にあったNEWZというスペースですね、今はもうないですけれど・・・
「ONE DAY OF HIBINO」という一人芝居を1週間やりましたね。
90年くらいから麻布台の狸穴坂の通称スペイン村に住んでました、JTRIPBARが近かったので、仲間たちの溜まり場になっていましたね。



六本木ヒルズの再開発を皮切りに次々と美術館やギャラリーが開業していく中、アートナイトは2009年から始まりました。私が務めた「アーティスティックディレクター」は2013年から導入された新しいポジションでした。デイレクターがコンセプトをたてて全体のイメージを築いていきます。2013年のテーマは「TRIP」でした。

街を旅して回遊できるようなアート企画を仕掛けました。実はこの「TRIP」にはJ TRIP BARへのオマージュの意味も裏コンセプトとしてはありました(笑)。商店街の飲食店でアーティストと語り合える「六本木夜楽会」の企画もそんな一環でした。誰もが参加できるチャンスがあるオープンコールも始めました。
六本木はかつて防衛庁があり、現在も米軍施設があり、それが街の発展の起点になっている。国際性を基盤とする中でアートの拠点を生み出し、再開発で一気に独特な文化都市が形成された。街は変容し続けるが、変わらないものがあるとしたら、時代を読み取る住民の気質なのではないでしょうか? 

今回のこのフリーペーパーをペーパーレスの時代にあえて復刻させるというチャレンジ!いや、いまだからこそこの手触り感が必要でしょう!という感覚。その人として生きていく感覚を大切にしていけば、六本木は成長し続けるのではないでしょうか。応援し続けまーす!

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